有給を消化するようにとの上司の勧めで、私は4日間の休みを得て地元に帰省することにした。目的は中学時代からの親友に会うことだった。彼女とは中学1年生の時に同じクラスになってからというもの、社会人になった現在も親交が続いている。「急に帰って来るなんて言うから、何かあったのかと思うじゃない」呆れたように笑うと、彼女はティーポットから紅茶をカップへと注ぐ。湯気が上がりふわりと優しいダージリンの香りが部屋に漂った。「有給がね、溜まってたの。そういえば私たち結婚式以来だよね?」私は彼女が出してくれた紅茶に口をつける。私と彼女は、中学時代からの共通の友人の結婚式に参列した日以来の再会だった。「そうだね。2ヵ月ぶりかな?あ、これ好きでしょ?」そう言って彼女はガラスのプレートに乗った瑞々しい梨を出してくれた。彼女との思い出は山ほどあるが、その中でも「梨」は私たちの仲を印象付けるものだ。日本で栽培されている梨は3つのタイプ現在、日本で栽培されている「梨」は大きく分けて「和梨」「西洋梨」「中国梨」の3つのタイプに分類される。西洋梨は通称「洋ナシ」と呼ばれ、ひょうたんの様な形をしていて味や食感にも独自の味わいがある。中国梨も西洋梨同様、ひょうたん型をしているが、こちらは流通量が少なく、スーパーで見かけることはほとんどない。日本国内で多く流通しているのは残りの一つ、「和梨」だ。生産量が多い和梨生産量が圧倒的に多い「和梨」にも大きく分けて2種類ある。1つは「青梨」と呼ばれる果皮が緑色のもの。もう1つは「赤梨」と呼ばれる褐色の果皮をしたものだ。多く出回る主流は「赤梨」だが近年「青梨」人気も上昇中だ。「美味しい!これ、二十世紀?」私が訊ねると、彼女はにっこり頷いた。「そうなの。果物屋さんでとっても美味しそうだったから」「中学の時、放課後よく一緒に食べたね。懐かしい……」和梨は10種類から20種類ほどに品種分類一般的に和梨は10種類から20種類ほどに品種分類される。私と彼女が大好きな幸水梨もその中のひとつだ。代表的なものを挙げると、豊水(ほうすい)、新高(にいだか)、あきづき、新興(しんこう)、南水(なんすい)、にっこり、彩玉(さいぎょく)、新甘泉(しんかんせん)、二十世紀(にじっせいき)などがある。二十世紀は青梨の代表品種だ。このように梨と言えど、品種豊富な和梨は早ければ7月中旬から市場に出回り始める。そのトップバッターが幸水なのだ。幸水の出荷を皮切りに次々と他品種が市場に運ばれ、最終は12月上旬まで続く。「大人になってもこんな風にいっしょに食べられて嬉しい」「ほんとだね。あの頃は考えもしなかったよね」そう言って私たちは笑い合い、楽しい午後のひと時はあっという間に過ぎていくのだった。まとめ|梨をより深く楽しむために梨は、日本の夏から秋にかけて欠かせない果物です。特に和梨は品種の数が多く、それぞれに異なる個性を持っています。そのため「旬」と一言でまとめることができず、7月下旬に出荷が始まる幸水から、晩秋の新興まで、季節を追うごとにリレーのように品種が移り変わります。さらに、産地によっても旬の時期が前後するため、全国の産地を巡れば夏から冬の入口まで梨を楽しむことができます。ここでは、代表的な品種の収穫時期や特徴、地域差、保存法まで、梨を存分に楽しむための基礎知識を整理します。梨の収穫カレンダーと代表品種幸水幸水は7月下旬から8月にかけて出荷される、日本を代表する赤梨です。果汁が非常に多く、ひと口かじると溢れるほどの水分が広がります。糖度は高いものの後味はすっきりとしており、真夏の暑さの中でもさっぱりと食べられるのが魅力です。生産量は和梨全体の中でも最も多く、スーパーの店頭でも早い時期から目にする定番品種です。産地は茨城県、栃木県、千葉県など関東地方が中心で、地域によって味わいや収穫時期にわずかな違いが見られます。豊水8月下旬から9月下旬にかけて旬を迎える豊水は、幸水に続いて多く出回る赤梨です。大玉で果汁もさらに豊富、甘みの中に酸味がほどよく混ざるため、濃厚ながらも爽やかな後味が楽しめます。酸味のおかげで甘さが際立ち、梨らしいジューシーさを最も感じられる品種とも言えます。旬の時期には市場でも広く出回り、家庭用はもちろん贈答用としても人気が高い品種です。二十世紀梨青梨を代表するのが二十世紀梨です。9月から10月上旬が旬で、鳥取県をはじめ、長野県や島根県でも多く栽培されています。黄緑色の果皮は見た目も涼やかで、果肉はきめ細かく、シャリっとした食感が特徴です。甘みは控えめで上品、さっぱりとした味わいは幅広い世代に愛されています。鳥取県では県を象徴するブランドとして守られており、観光資源としても梨狩り体験などに活用されています。新興10月下旬から11月にかけて出荷される晩生品種が新興です。果実は大玉で果肉がしっかりしており、濃厚な甘みと香りを持ちます。保存性に優れているため、冬場まで楽しめるのも大きな特徴です。新潟県や長野県など冷涼な地域での栽培が盛んで、秋の終わりから冬の入口にかけて食卓を彩ります。贈答用としても重宝され、季節の変わり目にふさわしい落ち着いた味わいを提供してくれる品種です。地域ごとの旬の違い梨は品種ごとに旬が異なりますが、同じ品種であっても産地の気候によって収穫時期が前後します。温暖な地域では収穫が早く始まり、寒冷な地域では1〜2週間ほど遅れるのが一般的です。例えば関東地方では幸水が7月下旬から出荷され、スーパーの店頭を賑わせますが、東北地方では同じ幸水が8月上旬から中旬にかけて最盛期となります。二十世紀梨も鳥取県では9月が旬ですが、北海道産の場合は10月中旬まで出荷が続くことがあります。また、新潟や長野といった冷涼な地域では晩生品種の新興が11月いっぱいまで楽しめるのが特徴です。このように、地域差を知っておくと梨の楽しみ方が広がります。例えば、夏の初めに関東地方の幸水を味わい、秋には鳥取の二十世紀、さらに晩秋には新潟や長野の新興といったように、産地を追いかけながら旬をリレーすれば、4カ月以上にわたって梨を食べ続けることも可能です。美味しく食べるための保存と食べ方梨は水分量が非常に多いため、収穫後の鮮度が重要です。購入したらなるべく早めに食べるのが理想ですが、保存する場合は冷蔵庫の野菜室に入れるとよいでしょう。乾燥を防ぐために新聞紙やキッチンペーパーに包んでから保存すると鮮度が保ちやすくなります。また、梨は冷やしすぎると甘みを感じにくくなるため、食べる30分ほど前に冷やす程度が最も美味しく味わえる方法とされています。シャリっとした食感を楽しみたい場合は皮をむいてすぐに食べるのがよく、果汁を生かしたい場合はジュースやデザートに加工しても美味しくいただけます。季節を映す果物としての梨梨は単なる果物としてだけでなく、季節の移ろいを感じさせてくれる存在でもあります。幸水の瑞々しい甘さから始まり、豊水の濃厚な果汁、二十世紀の爽やかな清涼感、そして新興の力強い味わいへと、品種が移り変わることで季節の空気まで変わっていくように感じられます。さらに地域ごとの収穫時期の違いを知れば、全国各地の梨を味わいながら、より長い期間その魅力を楽しむことができます。梨はまさに、日本の食文化と四季の豊かさを映し出す果物だと言えるでしょう。第二話:梨の旬、品種別カレンダー