空調の効いたオフィスを出て自宅に戻る頃には、夕飯時をすっかり回っていた。部屋の中に立ち込める蒸し暑さを振り払うように、私は冷蔵庫の扉を開けた。一人暮らしのワンルームには不釣り合いな大きな冷蔵庫。その中には缶ビールが3本常備されている。私は何の迷いもなくそのビールに手を伸ばしかけ、ふと庫内の奥に並ぶ4つの梨に目を遣った。2日前に古い友人から届いたものだ。8月を過ぎ、もうすぐ9月になろうかというこの時期になると、友人は毎年「幸水梨」を4つ送ってくれる。「すぐに食べない場合は冷蔵庫の野菜室にでも入れて保存しておいてね」と書き添えられた手紙の文面が頭をよぎる。私はそっとその梨を1つ取り出した。手のひらに梨の重みを感じた瞬間、学生時代の懐かしい記憶が蘇った。放課後お邪魔した友人宅。振る舞われたのは瑞々しい幸水梨だった。彼女とその日にあった他愛もないことを話しながらいっしょに食べたその梨の味は、今でもちゃんと覚えている。そうして時を経て社会人になった現在も、幸水梨が私と彼女の好物だ。古くからある日本の代表的な和梨として有名な「幸水梨」。土壌条件や気象条件の良さがあいまって、千葉県が国内生産量1位を誇っている。千葉県における梨の起源は江戸時代まで遡ることができるほど、歴史のあるものなのだそうだ。幸水梨は7月の終わりから収穫が始まり、9月の終わりに差し掛かる頃まで続く。2ヵ月もある収穫期間の内に、味わいが変化するのも特徴だ。収穫初期の頃の幸水梨は皮の色が黄緑がかっているが、中盤から終盤に掛かる頃の幸水梨は褐色をおびた色をしている。友人は収穫初期、つまり出始めのシャキシャキとした歯ごたえのある幸水梨が好きだが、根っからの甘党の私は収穫時期後半の、実が柔らかくなった甘い幸水梨が好きだ。友人に送ってもらった梨はいつも1週間以内で食べきるようにしている。それ以上は冷蔵庫の中でも鮮度を保つことが難しくなるからだ。それは梨の持つ水分量が関係している。そもそも幸水梨は重さにして約250〜300gもあるずっしりとしたものが多く、和梨の中でも糖度が高めで水分含有量が多い。そのため暑い時期の水分補給に最適な果物として重宝される。水分量の多さゆえ栄養素が少ないと思われがちだが、実際には食物繊維とカリウムを多く含んでいるのも大きな特徴だ。贈答品としても喜ばれる幸水梨。毎年送ってくれる友人の心遣いに頭が下がる。こうして今年も友人から届いた嬉しい贈り物はあっという間になくなってしまった。「もしもし?この前送ってもらった幸水、今年も美味しかったよ。ありがとう。ご馳走様でした」幸水梨の特徴と魅力まとめ幸水梨は日本の和梨を代表する品種で、全国の栽培面積・出荷量の大部分を占める「トップシェア品種」です。赤梨系に分類され、果皮は黄緑から赤褐色へと変化します。糖度は約12〜13度前後で酸味が少なく、みずみずしい甘さを持っています。旬と収穫時期幸水梨の収穫は7月下旬から始まり、9月下旬頃まで続きます。収穫初期(7月末〜8月上旬):皮がやや緑がかり、シャキッとした歯ごたえ。中盤〜後半(8月末〜9月):皮が褐色がかり、果肉が柔らかくなり甘さが増す。このように収穫時期によって食味が変化するのが幸水梨の魅力です。主な産地千葉県:国内最大の幸水梨産地。市川市・船橋市などは「梨のまち」として有名。茨城県:千葉と並ぶ大産地。寒暖差が甘さを高める。福島県や栃木県、九州地方 などでも広く栽培。特に千葉県は江戸時代から梨栽培の歴史があり、梨文化の発祥地とも言われます。幸水梨のサイズと食味1玉の重さは約250〜300gと中玉サイズ。果汁を豊富に含み、口に入れると水分があふれるほどジューシーです。酸味が少ないため、糖度以上に「甘い」と感じやすい点が人気の理由です。保存方法幸水梨は水分量が多いため日持ちが短く、冷蔵保存でも1週間程度が目安です。野菜室で保存:新聞紙やキッチンペーパーに包んで乾燥を防ぐ。早めに食べ切る:鮮度が味に直結するため、購入・受け取り後はできるだけ早く食べるのがおすすめ。贈答用としての価値幸水梨はその食べやすさと高い人気から、贈答品としてもよく利用されます。特に出始めの季節には「お中元」として選ばれることが多く、家庭用から高級ギフトまで幅広く流通しています。幸水梨は日本の和梨を代表する品種で、みずみずしさと甘さを兼ね備え、夏の定番果物として親しまれています。旬の時期ごとに食味が変わる奥深さや、栄養価の面でも意外な魅力を持ち、贈答用にも選ばれる存在です。短い旬を逃さず味わうことで、その価値を実感できるでしょう。第八話:豊水梨について