私は出張で京都を訪れていた。取材先のオフィスで一通りの任務をこなし、半日自由な時間を得て京都を散策することにした。時期的なこともあってか、河原町は旅行客で賑わっていた。物珍しさと暑さからくる疲労が拮抗し、私は路地裏のカフェレストランで一息つくという折衷案を選択した。温かみのある木製の扉を押して中に入ると、珈琲の香りが室内全体に漂っていた。「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」カウンター越しに年配の男性が私に会釈をしながら促した。私も軽く頭を下げ、窓際の二人掛けの席についた。椅子に座りほっと小さな溜息を吐くや、私の目に飛び込んで来たのは店内の一角に設けられた、こぢんまりとした仕切りスペースだった。どうやらお店の中で何か商品の販売をしているようだと目を凝らしてみたが、何を売っているのかは分からなかった。ミックスジュースを注文し、私は待っている間に少し店内を見せてもらうことにした。席を離れ売り場に近付いて驚いた。横長のテーブルいちめんに置かれた様々な大きさのバスケットの中に、色とりどりの野菜や果物が入れられていた。それぞれのバスケットに手書きのポップが付けられている。売られているものはすべて京都で採れたものらしい。その中にひとつだけ梨があるのを見つけた私は思わず手に取った。「そっかぁ。そういえば京都でも梨が採れるんだった」梨は千葉県が国内生産量日本一とされている。温暖な気候と適度な降水量が梨の栽培に適しているのだ。中でも房総半島南部は、温暖な気候に豊富な日照時間、水はけの良い土壌のおかげで梨栽培に最適な環境だと言われている。茨城県でも梨の栽培が盛んに行われている。高い栽培技術によって甘みの強い梨がつくられ人気を呼んでいる。昼夜の寒暖差が大きいことも梨の糖度を上げるのに適した環境なのだそうだ。そしてそれら二県に並ぶ梨の生産地として名高いのが鳥取県だ。鳥取県は砂丘地帯で梨栽培が行われていることで有名である。水はけと日当たりの良さが梨栽培に味方しており、砂丘地帯の特性を活かした栽培方法が採択され、品質の良い梨が生産されている。日本における梨栽培はこれらの主要産地による貢献によって支えられている。その中に京都府で地道に梨栽培を行う京丹後市の存在がある。京都で梨が栽培されていることを知る人は意外に少なく、私も梨好きの友人から教えてもらった。その中に「京たんご梨」の存在がある。この品種はJAグループ京都が2000年に21番目の京のブランド産品と定めるもので、糖度センサーで糖度を管理した高品質の梨だ。瑞々しさと爽やかな甘みが特徴的で、観光客にも人気があるそうだ。「この梨一ついただけますか?」私は自分への出張土産に、京都の梨を買って帰って来た。旅の疲れをひとつの小さな梨が吹き飛ばしてくれた。日本の梨栽培の広がり日本で栽培されている梨は主に和梨であり、全国各地に産地があります。しかし、生産量や知名度の面で特に目立つのは千葉県、茨城県、鳥取県の三大産地です。加えて、地域ブランドや観光資源として梨を打ち出す地域も増えており、京都・栃木・九州なども注目されています。千葉県|国内生産量No.1千葉県は梨の国内生産量が最も多い地域で、全国の約15%を占めています。特に市川市や船橋市は「梨のまち」として知られ、江戸時代から梨の栽培が行われてきました。幸水・豊水を中心に新高やあきづきなども多く、東京圏に近いことから観光農園や直売所が盛んです。茨城県|寒暖差が生む甘い梨茨城県は全国2位の生産量を誇り、県南地域を中心に栽培が盛んです。特に筑西市やかすみがうら市などは梨の一大産地で、昼夜の寒暖差が果実の糖度を高めます。幸水・豊水・新高などの主力品種に加え、大玉のあきづきも注目されています。鳥取県|二十世紀梨の故郷鳥取県は「二十世紀梨」の産地として全国に知られています。鳥取砂丘周辺の砂地は水はけが良く、梨栽培に最適な条件を備えています。爽やかな酸味と食感を持つ二十世紀梨は鳥取を代表する特産品であり、現在では赤梨品種のあきづきや新甘泉の栽培も拡大しています。京都府|隠れた名産「京たんご梨」京都府京丹後市では「京たんご梨」がブランド梨として認定されています。糖度センサーで品質管理を徹底し、一定基準を満たしたものだけが出荷される仕組みです。みずみずしさと爽快な甘みで人気を集め、観光地京都のお土産としても注目されています。栃木県|大玉梨「にっこり」栃木県では県オリジナルの「にっこり」が栽培されています。1玉が1kg近くになる大玉梨で、糖度は約11〜12度前後。酸味が少なく上品な甘さがあり、贈答品として人気です。日光の名を冠したことから観光との結びつきも強く、地域ブランドとして定着しています。九州地方|温暖な気候を活かした栽培福岡県や佐賀県でも梨の生産が盛んです。温暖な気候を活かして幸水や豊水を中心に栽培しており、特に福岡県うきは市はフルーツの名産地として知られています。九州の梨は比較的出荷時期が早く、夏の果物として人気があります。洋梨の産地|山形と新潟和梨だけでなく、洋梨も日本で根付いています。山形県は「ラ・フランス」の一大産地、新潟県は「ル・レクチェ」の名産地として有名です。和梨に比べて流通量は少ないものの、追熟してとろけるような食感が特徴で、冬の贈答品として人気があります。まとめ|地域ごとに異なる梨の魅力日本の梨産地は気候や土壌の条件により特色があり、千葉や茨城では首都圏への供給力、鳥取では砂丘を利用した栽培、京都や栃木ではブランド梨としての発信力が光ります。洋梨の山形・新潟も含め、地域性を活かした多様な梨が日本の食文化を支えています。季節ごとに各地の梨を食べ比べることで、その奥深さを堪能できるでしょう。第七話:幸水梨について